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名古屋地方裁判所 昭和33年(ヨ)571号 決定 1959年10月15日

申請人 竹腰正男

被申請人 愛知交通株式会社

主文

被申請人が昭和三十三年五月二十九日申請人に対してなした解雇の意思表示の効力を停止する。

申請人の賃金支払の申請を却下する。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

理由

第一、申立の趣旨

申請人は主文第一、三項と同旨、及び「被申請人は申請人に対し昭和三十三年六月一日以降申請人が被申請人会社において就労するに至る迄金一万六千四百八十円宛を毎月二十日に支払うこと。」との裁判を求め、被申請人は「本件申請を却下する。訴訟費用は申請人の負担とする。」との裁判を求めた。

第二、判断の基礎たる事実

被申請人はタクシー営業をなす株式会社であること、申請人は被申請人会社に従業員として雇傭されていたものであるが、かつて被申請人会社内の愛知交通労働組合の副執行委員長をしていた当時である昭和三十二年八月二十六日解雇の言渡を受け、右労働組合より不当労働行為として愛知県地方労働委員会に提訴の結果同委員会は同年十二月二十三日原職復帰の命令を発する等の経緯があつた後右組合と被申請人会社との間に示談が成立し、同三十三年五月十五日改めて被申請人会社の従業員に復帰したこと、然るところ、被申請人は同月二十九日申請人に対し再び解雇の言渡をしたことについては当事者間に争がない。申請人は、右解雇の言渡は申請人が労働組合活動に熱心であつたため被申請人はかかる処置に出たものであつて、右解雇は労働組合法第七条第一号に違反し無効であると主張し、これに対し被申請人は、申請人に料金横領の事実があつたから解雇したものであると主張して争うので検討するに、疏明により一応認めることの出来る右解雇の言渡に至る迄の経過は次のとおりである。

昭和三十三年五月二十七日申請人の相手番である被申請人会社従業員平坂勇次郎はその日の営業で乗客から収受した料金四千八百八十円を被申請人会社に納入する際、係員に対し、タクシーメーターによると料金四千七百四十円に相当する営業をした計算となり右収納金と相違する旨を申し出たので係員が調査した結果、右メーターは故障していて真実の記録を示していないことが判明した。そこで翌二十八日被申請人会社では右事例に鑑み、全従業員について納入料金額の正否を調査したところ、当時右平坂と交替で同一の自動車に乗務していた申請人が、同月二十六日及び二十八日に被申請人会社に納入した各料金は、その日の同人の運転日報の料金合計額の各記載と比較し、前者では七十円、後者では二百十円だけ不足することが明らかになつたので、申請人に事情を糺したところ申請人は右両日の料金はいずれもメーターによつて算出した額を納入したものである旨答えた。

ところで、被申請人会社では従来従業員から料金を収納するにあたつて運転日報とメーターを比較調査せず、メーターを頼りとして料金を差出させていたため、申請人は右扱いに狎れ、運転日報と照合するのを怠り単にメーターによつて料金を計算の上被申請人会社に納入するのを常としていた。

被申請人は、申請人の右料金一部未納の事実は乗客より収受した所定料金を横領したものであり、被申請人会社の就業規則に規定された懲戒解職事由に該当すると判断して、申請人を解雇することに決定し、同月二十九日申請人にその旨の言渡をなした。(尤も、被申請人は同日名古屋北労働基準監督署長に対し予告手当支給に関する除外事由労働基準法第二十条第一項但書)の認定を申請したが、不認定処分を受けてから後は、右解雇は会社の都合による解雇であると言を変えるに至つた。

第三、当裁判所の判断

一、昭和三十二年八月に施行された被申請人会社の就業規則第九章には、会社は従業員等に不都合な行為があつた場合はこれを懲戒する旨の定めがあり、その具体的処分として解職をなし得る場合が第二十八条に列挙されている。しかして同条第十号には「乗客より所定の運賃料金を収受してその一部又は全部を着服し、若しくはこれを流用し、又は流用せんとした時。」という記載が存在する。

被申請人は、申請人の前記料金一部未納の事実を以つて右条項に該当する行為と看做し、申請人を懲戒解雇したので考えるに右条項の「料金を着服したとき」とは従業員等が所定の料金を納入しないことが当該従業員の故意に基くものである場合を指すと解するのが、その用語及び懲戒解職事由たるの性質上相当であるところ、前示の申請人の納入料金額不足の事実は、叙上認定の事実、特に申請人において運転日報をメーターと符合させるような作為をすることなくメーターとの食違いのまま被申請人会社に差出していること、及び、通常運転手は釣銭として何がしかの金銭を予め所持し、又客からチツプを受け取ることもあることからみて、申請人の故意によるものであるとは認められず、却つて申請人はメーターが故障している事実に気が付かず、メーターによつて計算した額が正確な収受料金に相当するものと考えて、それが示した料金を会社に納入したものであることが一応認められ、被申請人の全疏明によるも申請人が右未納料金を横領したことは認められない。尤も、タクシー運転手たる者は常に収受料金の全額を会社に納入する義務があり、そのために運転日報の正確な作成が要求されているのであつて、メーターの如きは使用者において運転手の稼働成績を客観的かつ確実に把握する役割をなすものであるから運転手がメーターによつて収受料金を算出することは一の便法にすぎず、従つて申請人が運賃料金を運転日報によつて確認しなかつたことは怠慢のそしりを免れ難いけれども、メーターに故障のない限りこれによる計算は運転日報と一致すべきものであり、かつメーターは会社により定期に検査がなされ通常故障はないものと期待しうることを考慮するときは申請人の右所為も深く責めるべきものとは思われず、まして解職を止むなしとする程の重大事由とは到底考えることができない。結局、申請人には前記条項記載の事由に該当する(若しくはこれに準ずべき)非行はなかつたものと判断される。

そうだとすると、被申請人が申請人になした本件解雇の言渡は就業規則の適用を誤つたもので無効と云わざるを得ない。

なお被申請人は後日右解雇は会社の都合による解雇であると言明した事実が認められるが、それによつて本件解雇が懲戒処分としてなされた事実を左右するものではないから叙上の判断には影響がない。

二、申請人の如くタクシー運転手として就労していた者が違法な解雇によつてその職場を奪われていることは経済的及び精神的に著しい苦痛であると認められる。尤も疏明によると申請人は現在他に職を有することが認められるが、それは生活の必要上止むを得なくされた結果であろうから、申請人が本来の職場へ復帰を希望している以上、被申請人会社の従業員としての地位を仮に定める必要性はなお存すると云うべきである。

然しながら、賃金の支払を求める部分については、申請人は現在ともかくも生計を維持するに足る収入を得ていることの疏明が存するので仮処分の必要性はないものと考える。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条を適用し主文のとおり決定する。

(裁判官 西川力一 大内恒夫 南新吾)

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